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樋口一葉は近眼なのにメガネを掛けなかった理由

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樋口一葉といえば

 

樋口一葉は2004年(平成16年)

11月1日から新渡戸稲造に代わり、

 

日本銀行券の五千円紙幣肖像に選ばれた。

 

お札に肖像として選ばれたのは女性

としては、1881年(明治14年)

発行の紙幣に採用された神功皇后以来、

2人目の採用である。

 

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樋口一葉の視力

樋口一葉が14歳のころ

「それはそれは、強度の近眼で

隣に座っている人の顔も一瞥した

くらいでははっきりわからなかった」

と同門の伊東夏子が語ってます。

 

さらにかるたを取るときは、

かるたに頭をこすりつけんばかりに

目を近づけていたと言います。

 

ほかの人がかるたが見えないと

言って、メガネを掛けるように

言っても嫌だと言って掛けま

せんでした。

 

同じく同門の田辺龍子は

「近視眼の目もと大きけれど

おぼつかなげに人を凝と見据えたる」

と語ってます。

 

それでも一葉はメガネを掛けませんでした。

 

 

樋口一葉の生涯

中島歌子に歌、古典を学び、

半井桃水に小説を学びました。

 

生活に苦しみながら、

吉原の廓に住む14歳のみどりと

僧侶の息子藤本信如 との淡い恋を

中心に、東京の子供たちの生活を

吉原を背景に描き出した作品。

「たけくらべ」

 

銘酒屋の遊女お力が、落ちぶれて

妻子とも別れた源七と情死する

までを描く。

「にごりえ」

 

官吏に嫁ぎ、1子を儲けたものの、

夫の虐待に耐えかねて実家に

逃げ帰ったお関を描いた

「十三夜」

 

といった秀作を発表、

文壇から絶賛される。

 

わずか1年半でこれらの作品を

送ったが、24歳6ヶ月で肺結核に

より死去。

 

没後に発表された『一葉日記』

も高い評価を受けている。

 

まとめ

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何故こんなに頑なだったのだろう。

 

一葉の美へのこだわりだったのかも・・

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